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2019年03月18日

トヨタMR2「AW11型」とは?一代目と二代目の違い|後継車MR-Sについて

AW11型MR2は日本初のミッドシップエンジンのスポーツカーで、前輪駆動車のエンジン部分他を逆転させて配置しています。もとになった前輪駆動車のパーツを流用できることからAW11型MR2は、比較的安価で10年間と比較的長くトヨタ自動車から販売されました。

トヨタMR2「AW11型」とは?一代目と二代目の違い|後継車MR-Sについて

AW11とは

日本の自動車メーカーで初の市販ミッドシップ車として、トヨタ自動車が開発販売した車です。日本向けモデルでは、MR2の名称で、W10型からW20型まであり、ZZW30型になると別名称のMR-Sとなっています。

このAW11の車両は乗車定員が2人で、ボディタイプは2ドアクーペタイプです。エンジンは1984年発売当初から2年程度の間は、4A-GELU型の1.6L直4エンジンで出力は 130PSでしたが、その後、スーパーチャージャーの出力145PSのエンジンなどが加わりました。

変速機は4速AT / 5速MTのみで、サスペンションはストラット式が採用され、車体の全長は3,950 mm、全幅は1,665 mm、全高は1,250 mmでホイールベースは2,320 mmです。スポーツカーのため車両重量は960から1,120kgと軽量で、最小回転半径は4.8mでした。

トヨタ自動車

トヨタ自動車株式会社は、日本の最大大手の自動車メーカーで、通称名がトヨタ、英語表記TOYOTAですが、トヨタグループ内での略称はTMCとなっています。最初は豊田自動織機から始まった企業ですが、今はトヨタ自動車がトヨタグループの中核企業になっています。

トヨタ自動車は、同じ自動車メーカーのダイハツ工業と日野自動車の親会社になっていて、SUBARUの筆頭株主になっています。

トヨタグループとして車の世界販売数は2017年には、1038万台になっていて、これは世界3位の販売数です。トヨタ自動車単独では世界第1位の846万台になっています。

本社は愛知県豊田市にあり、市の名称はトヨタ自動車があることから、1959年に名称変更して現在の市名になりました。

しかも、トヨタ自動車本社の住所は、豊田市トヨタ町1番地に同時に変わりました。豊田市は日本の企業城下町として、市名に企業名が入っている稀な例になっています。

日本カーオブザイヤー

日本カー・オブ・ザ・イヤーは、日本国内で市販される乗用車のなかから年間を通じて最も優秀なものに授賞される名誉ある自動車賞です。

1980年に始まったこの日本カーオブザイヤーは、日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会で、対象となる車は前年の11月1日からその年の10月31日までに日本国内で発表され発売された乗用車のうちでノミネートされた車になります。

選考委員60名による投票により決定されますが、選考の基準としては、実施規約により「選考委員は対象車についてコンセプト、デザイン、性能、品質、安全性、環境負荷、コストパフォーマンスなどを総合的に評価して選考する」と定められています。

トヨタ自動車MR2 のAW11は発売当初の1984年から1985年の日本カーオブザイヤー受賞をしています。

トヨタ「MR2 AW11型」について

トヨタMR2は、1979年に豊田英二社長が発案し、常識では考えられないひと味違ったクルマがあってもいいのではないかという趣旨で開発が着手されました。

1983年の東京モーターショーで発表された試作車SV-3をもとに、リアスポイラーの形状変更他の仕様変更を行い、1984年6月にAW11型の市販が開始されました。

コストを安くし量産性を高めるために、既存の前輪駆動車のカローラのエンジン、トランスアクスルが流用されています。

1986年(昭和61年)にはマイナーチェンジにより、内外装が変わるとともにスーパーチャージャーの採用やTバールーフの装備車が設定され、後期型のMR-2となります。

1988年の一部改良で電動格納ドアミラーが付き、内装の変更とハイマウントストップランプの設定が行われました。この後小規模な改良がSW20型に加えられていきますが、1999年にMR-Sが発売されMR2は生産を終了しました。

車名の由来

トヨタAW11型MR2の車名の由来は、「Midship Runabout 2seater」(ミッドシップ・ランアバウト・ツーシーター)の頭文字をとって作られた名称で、読みはエムアールツーとなります。

車名にミッドシップの二人乗りの車であることを、強く打ち出しています。なお、後継車両のMR-Sと違い、正式名称にハイフンが入らず、すべての型式がMR2となっています。

初代AW11型

初代AW11型は、Sタイプは3A-LU型1,500 ccエンジンを搭載し、GとG-Limitedは4A-GELU型1,600 ccエンジンを搭載していました。運輸省認定型式は1,500 ccエンジン車がE-AW10型とされ、1,600 ccエンジン車はE-AW11型とされています。

前期型のG、G-Limitedはムーンルーフ装着車があり、後期型のGおよびG-LimitedにはTバールーフ装着車やスーパーチャージャーエンジンの設定がありました。

初代AW11型のバンパーとスポイラーは、黒の無塗装ウレタン素材の仕様になっていました。初代AW11型の前期型はすべての車種が車両重量1,000 kg以下になっていて、自動車重量税が安くて済みました。

1986年「ビッグマイナーチェンジ」

MR2のAW11型は1986年に大規模なマイナーチェンジが行われ、内外装が大きく変わるとともに、スーパーチャージャー装着車やTバールーフの装備車の設定ができました。

その後、1988のマイナーチェンジで電動格納ドアミラーの設定や内装の変更、そしてハイマウントストップランプが設定されました。

1989年10月に初のモデルチェンジが行われW20型に変わりました。AW11型のMR2はカローラ/スプリンターベースでしたが、W20型はセリカ/コロナ/カリーナベースの車両となっています。

発売された特別仕様車

AW11型にはいくつかの発売された特別仕様車があります。1985年にはボディカラーがスーパーホワイトの特別仕様車が、1986年にはブラックメタリックの専用ボディカラーのAW11型特別仕様車が販売されました。

その後も、AW11型の特別仕様車は販売され、ボディカラーだけでなくカラーアルミホイールの採用やMOMO製の本革巻ステアリングの採用などスポーツ志向のあるAW11型の特別仕様車が発売されています。

WRC参戦するために

1980年代中盤、WRC(世界ラリー選手権)にトヨタはグループB規定のセリカツインカムターボで参戦していましたが、FRのセリカでは当時主流となった他社の4WD車には勝てなくなってしまったため、セリカの後継となる4WDラリーカーの開発をはじめました。

その車両こそ、車体はAW11型を使い、3S-GTEエンジンを搭載し、駆動方式を4WD化して、開発コードは222Dでした。参加カテゴリーはグループBとその上位のグループSを想定していました。

しかし、死亡事故の続いたWRCの同カテゴリーが廃止されてしまったため、参戦はできなくなってしまいました。この試作車は出走実績がないものの現存しています。

2代目SW20型

1989年10月のモデルチェンジによってW20型となったMR2は、AW11型のMR2がカローラ/スプリンターベースでしたが、W20型のほうはセリカ/コロナ/カリーナベースの車両となっています。

したがって、エンジンもセリカと同じ直列4気筒の2000ccにターボチャージャーを付けたハイパワーの3S-GTE型と、ノンターボ版となるスポーツツインカムの3S-GE型が搭載されました。

しかし、大幅に車体重量とエンジンパワーが増したことから、足回りが貧弱となりスポーツ走行時に問題が出てしまいました。

1991年「マイナーチェンジ」

1991年にAW11型は最初のマイナーチェンジが行われ、足回りを中心に見直しがなされました。このマイナーチェンジによりAW11型は、通称II型と言われるようになりました。

主な変更点は、タイヤが大径化と扁平化されて性能の向上が図られ、ブレーキも強化されて合わせてフロントサスペンションもストローク量増加とスタビライザーの大型化により足回りの強化が図られました。

1993年11月「マイナーチェンジ」

AW11型は1993年11月に、2度目のマイナーチェンジが行われ通称III型と言われる形式になりました。エンジンを中心とした見直しが行われ、ターボチャージャーが改良されるなどでエンジン出力が向上されました。

エンジン出力の向上はNAエンジンにも行われエンジン出力が向上しています。しかし、社会情勢の変化によりスポーツカーの需要が低下してしまい、販売数は伸び悩んでしまいました。

MR2をベースにしたカスタムカー

MR2のAW11型をベースにしたカスタムカーとしては、TRDの製作したTRD2000GTがチューニングカーとして市販されました。

さらに、このTRD2000GTのプロトモデルとして TRDの試作チューニングカーがあり、これはGT選手権のエアロカウルを装着して、ロードカーとして製作されたプロトモデルでした。

このプロトモデルから派生してTRDからル・マン24時間レース出場車もあり、この車両はSW20をベースに当時のGT1規定に合わせて改造したレースカーになっています。

後継車MS-Rについて

MR2の初代AW11型のコンセプトはミッドシップエンジンのライトウェイトスポーツでしたので、それなりのエンジンと足回りの設定でした。しかし、SW型からはエンジンの強力化により車両重量が増してしまい、機敏さが失われてしまいました。

改良が続けられ乗り心地などは良くなったのですが、10年を節目にMR2は販売を終了し後継車種のMR-Sとなりました。

エンジンも小さくなり、車重も軽くなって、再びライトウエイトスポーツカーに戻りました。しかも、オープンカーとなりロードスター風の車種に生まれ変わりました。しかし、社会情勢の変化でスポーツカー離れにより、販売は伸び悩み、2007年に販売を終了してしまいました。

初代ZZW30型

トヨタ・MR-SはMR2の後継車種で初代の型式はZZW30型です。MR2と同じく前輪駆動車のパワーユニットを後方に平行移動することで開発されました。当初のZZW30型はライトウエイトスポーツカーとして1000㎏以内に収まっていました。

サスペンションは前後ともストラット式サスペンションになっています。MR-SのMRはミッドシップ(Midship Runabout)を意味しています。

MS-Rスパイダー

MR2の後継車のトヨタMR-Sは、2人乗りのライトウエイトスポーツカーで、手動ソフトトップのオープンタイプスポーツカーでした。当初からオープンタイプのスパイダー型のスポーツカーで軽快な走りを売りにしていました。

なお、日本国内ではスパイダーの商標はダイハツ工業が保有しています。ヨーロッパでは女性のミセスのニュアンスがスポーツカーの名前にそぐわないとして、MR-Sの名称が使われずにMR2スパイーダーの名称で販売されました。

エンジン

MS-Rのエンジンは全車とも、直列4気筒DOHCのNAタイプで、排気量1,800cc、最高出力140馬力/6,400rpm、最大トルク17.4kgm/4,400rpmの1ZZ-FE型を搭載しています。

このエンジン出力に合わせてトランスミッションは、MTと国産量産車初のシーケンシャルマニュアルトランスミッション (SMT) の両方が設定されていて、MTは初期型が5速ミッション、マイナーチェンジ以降は6速ミッションです。

トヨタのライトウエイトスポーツカー

AW11型MR2はトヨタが販売していたライトウエイトのミッドシップタイプのスポーツカーでした。軽快な走りを持ち味に、中古車市場で今でも人気のある車種になっています。

10年にわたってマイナーチェンジなどを経て、エンジン出力と車重が増したことで、軽快さが失われたことから、後継車種のMS-Rに代わり販売が1999年に終了しました。

興味のある方は、中古市場をチェックしてみてください。

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